ミンククジラの資源量

日本が現在南氷洋で調査捕鯨の対象としているのはミンククジラ(Minke whale)という、体長が7-8メートル程度の小さな種類である(商業捕鯨を復活させたノルウェーの捕獲対象も同じくミンククジラである)。 「ヒゲクジラ類の中では最小」と紹介される場合も多いが、ヒゲクジラ類の中で最小なのは南半球のみに生息するコセミクジラというセミクジラの亜種で、こちらは体長5-6メートルである。 「ミンク」の名称は、この小さなクジラばかり捕っていたノルウェーのマインケ(Minke)という新米砲手に由来するといわれ、英語での発音は「ミンキー」である。 沿岸での小型捕鯨では以前から捕られていたが、南氷洋での本格的な捕獲は1970年代初めからである。 大型鯨類が次々と禁猟になる中、南氷洋で日本が商業捕鯨の最後の年まで捕獲していたヒゲクジラであり、他の大型鯨類と違って悪名高いBWU(Blue Whale Unit - シロナガス換算制)という捕獲枠設定方式の洗礼をほとんど受けなかった。 また他の大型ヒゲクジラ類の雌が2-3年に一回出産するのに対し、ほとんど毎年出産する。

2002年9月現在、 IWCのホームページにおける推定資源量 は以下のとおりである。

海域 期間 推定値 95%信頼区間
南氷洋 1982/83 - 1988/89 76万1000 51万 - 114万
現在 改定中 科学委員会による再評価中であり、信頼できる数値なし。
北大西洋(カナダ東部沿岸を除く) 1987 - 95 約14万9000 12万 - 18万2000
北西太平洋とオホーツク海 1989 - 90 2万5000 1万2800 - 4万8600

「95%信頼区間」というのは、資源量がこの範囲にあるのは95%確かであるという、推定結果の信頼性の目安である。

1970年代後半、日本の大隅博士は南氷洋のミンククジラは捕獲の対象となる成体だけでも40万頭はいると推定していたが、反捕鯨派科学者のリーダー的存在であるシドニー・ホルト博士(Sidney J. Holt)による推定量はたった2万頭というものであり、実際に大規模な調査を行って検証する必要があった。 そこで、IWCが1974から始めていたIDCR(International Decade of Cetacean Research、国際鯨類調査10年計画)の一部として南氷洋のミンククジラの資源量の調査が開始した。

この調査によって、ミンククジラの数が極めて豊富な事が判明し、商業捕鯨モラトリアムが採択された1982年にもIWCの科学委員会はミンククジラは捕獲を続けてもなんら問題ない豊富な種であるとして、資源状態に関わらずにすべての対象鯨種の捕獲を禁ずる包括的モラトリアムの必要性はない、と結論していた。 当時の推定資源量は30万頭程度であるから、シドニー・ホルトの推定量がいかに荒唐無稽なものだったかがわかる。

なお、これ以上調査でミンククジラの豊富な資源量が裏付けられては困るのか、1984年のIWC科学委員会の会合では反捕鯨派科学者グループが調査を継続すべきでないと言い出したが、日本側の強い主張で結局継続となった。 以後調査は毎年続いてきており、95/96年の航海では調査期間の最初の1ヶ月ほどが日本が独自に企画したシロナガスクジラ調査、残り2ヶ月程度がIDCRのミンククジラ調査という2本立てになり、翌年からはこの2段構成の調査航海がIWCの新調査プログラムSOWER(Southern Ocean Whale and Ecosystem Research)の名のもとに行われるようになって現在に至っている。

IWCの科学委員会の1971年におけるミンククジラ推定資源量は15万頭から20万頭であり、その後の研究でも本格的捕獲開始前の資源量はこのレベルらしいから、シロナガスなどの大型種が減った事によって豊富なエサを得たミンククジラが、その短い妊娠周期も手伝って飛躍的に増加したという仮説がある。 実際、1940年代以降、ミンククジラの成長曲線の変化は体長が大型化している事を示していて餌の摂取状態が良くなったことが伺え、また、性成熟年齢が下がったこともこれと整合している。 これは、第二次大戦後の日本人の食料事情の改善と、それに伴う体格の変化と類似している、と言えばわかりやすいであろうか。

このように豊富なミンククジラだが1983年にボツワナで開催されたワシントン条約(CITES)会議では絶滅の恐れがある種を記載する付属書 I に掲載された。 提案国はセイシェルだが、上述のシドニー・ホルトはこの時期セイシェル代表団員としてIWCに参加しているから、この提案も彼が関与したものであろう。 IWCと違って参加国が必ずしも鯨の資源状態に明るくなく、「事実」よりはロビー活動がものを言うCITESの場だからこそ、このような分類が可能になったともいえる。

さて、IWCの調査航海といっても各国からの参加科学者以外の要素、すなわち、資金、船舶、乗組員などは、ほとんど日本が提供してきた。 「公海の鯨は全人類の財産」などと言いながら、IWCが行う大規模な調査に殆んど金を出さず、調査結果にケチをつける口は出す、という反捕鯨国の姿勢はこういうところにも現れている。 調査は鯨の数を数える目視調査が主だが、草原にいるキリンの数を数えるようなわけにはいかない。 南氷洋のミンククジラの場合、平均して1時間に36-37回(一回当たり3-6秒)浮上し、遊泳速度は平均3-5ノットである(調査船のスピードは11.5ノット)。 海面に数秒間見える噴気や体の一部をもとに、近距離から1-2キロ先までの鯨種を判断し群れの大きさを判定していくのには視力だけでなくかなりの熟練を要する。 天候に恵まれずに波が高かったり、調査員が交代して目視の習熟度が下がるなど、調査時の条件によって鯨の発見数が減って推定資源量が減る可能性もある。 調査方法の細部は専門家の説明に詳しい。


ミンククジラ資源に関する南氷洋の管理区域

第1、2ラウンドでは、I区からVI区まで6つに区分けされた南氷洋の各海域を毎年1つずつ調査していたので、6年で1ラウンドを終了できた。 ただし、緯度的には北端の南緯60度まではカバーされていなかった。 第3ラウンドでは、緯度では南端の氷縁から南緯60度までカバーする方針に変わり、その分、経度では調査海域全体を1回でカバーできなくなった。

第1ラウンドではシャープペンシル大の標識銛を鯨に打ち込み、商業捕鯨で捕獲された鯨から発見される標識の割合から資源量を推定するという標識調査も行われていた。 目視調査はライントランセクト法という方法で行われるが、今現在採用されているジグザグのトラックライン(調査コース)が使われだしたのは第1ラウンド最終の第6回からで、それまでは「コ」の字型を互い違いにつなげたような格子状のトラックラインが使われていた。

また、接近法と通過法(1)を交互に行うという、現在採用されている目視調査方式は第2ラウンドから始められた。 このように、推定精度を向上させるために調査方法や解析手法は細部にわたって年々改良されてきている。 また、このIDCR航海で鯨の目視調査方法の研究が進んだ事は北大西洋など他の海域での目視調査にも寄与している。 なお、日本の調査捕鯨でも捕獲調査の他にこのIDCR方式の目視調査も行なっている。

IWCの科学委員会は南氷洋ミンククジラ資源の包括的評価を1990年に行ったが、この段階では調査は第2ラウンドの大半が終わっており、この時点の合計として上記の76万頭という数字が出てきている。 なお、調査海域に南緯60度以北の海は含まれていなく、また調査船が入れないパック・アイス(2)が密集した海域の鯨は目視のしようがないため、南氷洋全体での実際の数は、この推定値よりも多いと考えられる。

IWCのIDCR/SOWERにおける南氷洋ミンククジラ目視調査航海
調査年 調査海域 調査船数
()内はソ連船
ミンククジラ
目視調査期間*
調査団長
経度 緯度
 
第1ラウンド
1 1978/79 IV 南緯61度以南 2 28.Dec - 7.Feb P.B. Best
2 1979/80 III 南緯63度以南 2 27.Dec - 14.Feb J. Horwood
3 1980/81 V 南緯62度以南 3(1) 22.Dec - 6.Feb P.B. Best
4 1981/82 II 南緯63度以南 3(1) 27.Dec - 6.Feb D. Hembree
5 1982/83 I 南緯64度以南 3(1) 2.Jan - 15.Feb D. Hembree
6 1983/84 VI 南緯61度以南 4(1) 4.Jan - 19.Feb G. Joyce
 
第2ラウンド
7 1984/85** IV 南緯61度以南 4(1) 29.Dec - 19.Feb G. Joyce
 
8 1985/86 V 南緯63度以南 4(1) 22.Dec - 18.Feb G. Joyce
9 1986/87 II 南緯63度以南 4(1) 28.Dec - 4.Feb G. Joyce
10 1987/88 III 南緯63度以南 2 20.Dec - 25.Jan G. Joyce
11 1988/89 IV 南緯61度以南 2 29.Dec - 11.Feb F. Kasamatsu
12 1989/90 I 南緯64度以南 2 28.Dec - 10.Feb G. Joyce
13 1990/91 VI 南緯61度以南 2 3.Jan - 11.Feb G. Joyce
 
第3ラウンド
14 1991/92 V(130E - 170W) 南緯63度以南 2 31.Dec - 8.Feb P. Ensor
15 1992/93 III W (0 - 40E) 南緯60度以南 2 25.Dec - 4.Feb R. Rowlett
16 1993/94 I (110W - 80W) 南緯60度以南 2 3.Jan - 14.Feb P. Ensor
17 1994/95 III E (40E - 70E),
IV W (70E - 80E)
南緯60度以南 2 13.Jan - 25.Feb P. Ensor
18 1995/96 VI W (170W - 140W) 南緯60度以南 2 14.Jan - 21.Feb P. Ensor
19 1996/97 II E (30W - 0) 南緯60度以南 2 16.Jan - 14.Feb P. Ensor
20 1997/98 II W (60W - 25W) 南緯60度以南 2 18.Jan - 14.Feb P. Ensor
21 1998/99 IV (80E - 130E) 南緯60度以南 2 20.Jan - 22.Feb P. Ensor
22 1999/00 I E(80W - 60W),
II W (60W - 55W)
南緯60度以南 2 15.Jan - 13.Feb P. Ensor
23 2000/01 VI E (140W - 120W),
I W (120W - 110W)
南緯60度以南 2 16.Jan - 22.Feb P. Ensor
24 2001/02 V (130E - 150E) 南緯60度以南 2 26.Dec - 9.Feb P. Ensor
25 2002/03 V (150E - 170W) 南緯60度以南 2 23.Dec - 25.Feb P. Ensor
26 2003/04 V E (170E - 170W) 南緯60度以南 2 27.Dec - 29.Feb P. Ensor
 
第4ラウンド
27 2004/05 III W (0 - 35E) 南緯60度30分以南 2 18.Jan - 26.Feb P. Ensor
28 2005/06 III W (0 - 20E) 南緯55度以南 1 25.Dec - 14.Feb
※前半は南緯55 ‐ 61度でナガスクジラが主対象
P. Ensor
* 調査期間は南氷洋の管理区域におけるもの(母港との往復期間は含まず)。
** 84/85年では、前半が東海域で各種実験、後半が西海域で目視調査が
行われたが、独立観察者方式(IO : Independent Observer mode)という、
通過法において後に標準的になる手法が西半分の海域では用いられなかったため、
調査法の整合性の点からこの回のデータは後年の資源量評価では用いられていない。


なお、2001年のIWC科学委員会で討議したミンククジラ資源量の評価の議論を、 科学委員会の報告書から抜粋 しておく。 第3ラウンドの調査はまだ途中だが、調査が終わった海域を従来の手法で解析した資源量は過去の数字と比べて低く見えるため、さっそく反捕鯨団体がこれに飛びついて、あたかもミンククジラの資源量が前回の評価よりも「減ったことが合意された」などと宣伝したり、極端な例では、委員会報告書でわざわざ「不完全」と注記している268,000という数字(これは97/98年までの調査のうちで既に評価が終わった、全海域の68%をもとした数字で、しかも、過去の調査で資源量が大きかったIV区とV区が抜けているのである)をそのまま示している例すらあった。

科学委員会の報告書では、第3ラウンドのこれまでのデータをもとに従来の手法に基づいて求めた各種試算結果が過去より少ないことについて、

の3つの仮説が記され、現段階では判断できないとしている。

ただ、報告書等をもとに素人なりにまとめると、第3ラウンドの調査データの解析について次のような点が指摘された。

このようなことから、以下の点を念頭に解析方法を更に洗練させ、最終的な資源推定を行うことになる。

ミンククジラの新しい推定資源量の算出か2007年の会議で行われる見通しである。

ただ、あくまで調査の詳細に疎い素人の立場で言わせてもらえば、第3ラウンドに入ってから調査にずいぶんと時間がかかっていて、10年以上経っても結果が出ていない現状はペースが遅いように思われる。 今現在の南氷洋のミンククジラ資源量に関して納得させる公式数値がない事態は、IWCやワシントン条約における各加盟国の意思決定において日本側に不利に作用するのではないだろうか。 近年の目視調査における結果を見るとザトウクジラやシロナガスクジラの回復傾向が見られており、今後はミンククジラだけでなく数種の鯨種について精度の高い資源推定を長くない年数で行って資源量の変化の多様な様相を明らかにすることが要求されるような気がする。 だとするとなおさら、現在のような日本が拠出する2隻の船だけでは間に合わず、調査規模の拡大や調査手法の改革が必要になりそうに思える。 南氷洋への往路・復路において他の環境・漁業関連の調査も行うなどの工夫によって予算を増やして調査船の数を増やすことができないものだろうか。 また、資源量の把握は科学的な資源管理の基礎であるはずだから、この点についてもっと多くの加盟国の積極的参加を強く促す決議をIWCで行うことも期待したい。

(2007年1月8日 更新)


(1) 接近法(CM : Closing Mode)とは、トラックライン上の調査船が鯨の群れを発見した際に、群れに近づいて鯨種や頭数などを判定する方式。 通過法(PM : Passing Mode)とは、鯨の群れを見つけても、そのままトラックライン上で航行しながら鯨種や群れの頭数を判定する方式。 接近法は群れの情報が正確な反面、トラックラインから離れて確認作業をしている間は別の群れを目視できないために、資源量が通過法より25%ほど過小に推定され、一方の通過法では群れのサイズが30%ほど過小に推定される。 このため、トラックライン上で両方の方式を交互に用いて調査がなされる。

(2) パック・アイス (pack ice) とは、沿岸部の海水が凍結した「定着氷」が割れて漂っているもの。 訳語としては「浮氷」と「流氷」があるが、この2つの厳密な区別は素人には不明である。 南極大陸を覆う「氷床」が流動し、やがて陸地をはみ出して海まで覆う「棚氷」になり、それが割れて漂う「テーブル型氷山」とは違い、厚さは2-4メートル程度と薄い。

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